豊後国之内熊本領産物帳にみる魚名一覧とその比定

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豊後国之内熊本領産物帳の魚名一覧

「アカホゴは何処までアカホゴだったのか?」
そして、
「イワナが九州に生息していた痕跡はあるのか?」
を目的に参考となりそうな史料を調べておりますと、方言だけではなく魚名を研究するのって面白そうだなと思い至りました♪

まずは地元九州に残る史資料類を集めてみたく思い、大分江戸中後期の魚名の記されている豊後国之内熊本領産物帳を紐解きます。

※魚名については魚種や漢字・方言など筆者の研究は進むと思いますので、現代魚種への比定や考察などは随時訂正・追加していく予定。

【2021年 修正、追記した再掲分となります。】

大分県内江戸期の魚名及び方言を調べるために

大分県の魚名と方言を調べていく上で一つの参考になると考えたのが「豊後国之内熊本領産物帳」。

この産物帳というのは、享保年間に幕府の命により全国津々浦々の村から上げられた報告を元に各藩が取り纏めたもので、動植物、鉱物もちろん魚類等まで細かに記されたもので、よく「諸国物産帳」などとされてます。

江戸の博物学者を中心に詳しいチェックがなされていたようで、不明のものは再度問合せをするなど資料的価値・信憑性が高いものとはされているものの、幕府によって編纂・集成された文献は残っていないのは残念。

現在では全国すべてとは言い難いものの、各藩毎に提出した際の貴重とも言える控えが幾らか残っておりまして、この「豊後国之内熊本領産物帳」は肥後熊本藩が報告したものの控。

イワナやイワメについて知りたい筆者は、岡藩(現大分県竹田市域)の産物帳が残っていればなぁなどと思っている次第。
取り寄せたはずの江戸幕府が無くしているようで…、
「江戸幕府めぇ!!!!」ですなw

元々は魚名方言調査から江戸期の語彙を探していたのだけれど、産物帳自体に記載された魚名には公的な報告かつ江戸とのすり合わせがあるように感じられるため、方言の記載は弱いと感じております、無念ですw

それでもエノハをはじめとして、貴重な江戸期大分魚名の一部が記されているし十分な価値はあるでしょう。

豊後国之内熊本領産物帳記載の魚名一覧

豊後国之内熊本領産物帳は旧藩主の細川家に伝わり同家永青文庫に納められていたもので、享保20(1735)年つまり「暴れん坊」やら「パチスロ」やらでも著名な八代将軍徳川吉宗の頃の書。

当時大分県域は小藩分立であり、府内藩、杵築藩、岡藩、中津藩、日出藩、森藩、臼杵藩、佐伯藩が城地を持ち、その他天領日田以外にも島原藩領、延岡藩領、熊本藩領という他国領があり陣屋が置かれていました。

そのうち豊後国之内熊本領産物帳に記される範囲(肥後藩領地)は、今でいう大分市の鶴崎(郡代所)、佐賀関、野津原、竹田市久住など。
ということで淡水魚は大野川河口と源流と大分川源流部、海水魚は大分市東部の鶴崎から旧北海部郡佐賀関町までの範囲と考えられます。

==凡例============
※ []内は産物帳記載のフリガナ。
※ 変換できない文字やサーバー非対応のものは、〇編+旁等にて示した。
※ ⇒○○の魚名は、比定した標準和名もしくは一般的な魚名。比定できていない魚名は調査中。
※ ▼は筆者の考察、考察等
================

豊後国之内熊本領産物帳の内、川魚之類

泥鰌[ドヂヤウ] ⇒ どじょう
鯉 ⇒ こい
鮒 ⇒ ふな
川鱸 ⇒ すずき
 ▼肥後国や筑後国の産物帳にも見られる魚名、かわすずきと呼んだと考える。
 川に棲む(もしくは獲れる)スズキになんらかの価値を見ていたと思われる。
 例:海産の方が価値が高いや季節的な何か他。
鮎 ⇒ あゆ
あぶらめ ⇒ たかはや
ゑのは ⇒ あまご
 ▼生息域より推測
魚編+也 ⇒ ぬまむつ、おいかわ、かわむつなどの総称としてのはや類か不明?
 ▼読みはタ。ハエ・ハヤかと思われるため。
 ただし、サバやイサキにも同字をあてた例が見られるのは注意。
魚編+木 ⇒ 不明?
 ▼読みはボク、モク。カレイのこととあるが邦名不明。
にかこう ⇒ 不明?
ほんしい ⇒ ひいらぎか不明?
 ▼本しいであるなら「しい」が魚名か、汽水域のヒイラギかもと推測。
 エノハ(島根県東部)、シイバ(熊本県)なども方言もあるようだ。
 ヒイラギは柊の葉に似ているためとされる。
あゆかけ ⇒あゆかけか不明?
 ▼名前そのままで良いと思っていたが、「山どん」系の魚かもしれないため不明を付す。
鰻 魚編+麗 魚[ウナギ] ⇒うなぎ
 ▼鰻に魚編+麗魚の字は江戸期の文献によく見られる表記。
海老 ⇒ えび
鯰 ⇒ なまず
たつくり ⇒ めだか、不明?
 ▼タヅクリ=カタクチイワシという方言はあるが川魚とは言えないかと。
 『物類称呼』の記載に肥前にて「たうを」がめだかのこととされているため参考にした。
 また新潟県見附地方で現在でもメダカの田作り風料理がある事から、大分にも往時から田作り(料理)に関連するものがあればと考えるが今後の調査を待ちたい。
かたひら魚 ⇒ 不明?
 ▼河口部のヒラメ・カレイかとも推測中。
どんくう ⇒ ちちぶ・よしのぼりの類
 ▼大分の魚名方言ではドンコとされているように思う。
 ドンコは国東方面では「やまどん」と呼び区別されていた。
 参考までに『物類称呼』には九州ではどんぽともある。
いだ ⇒ うぐい
川ぼら ⇒ ぼら
 ▼スズキと同じく川産に価値を見て区別していたと考える。
 価値の高低は不明。
鱒 ⇒ ます
 ▼明治から大正期の漁獲資料を捜索中だが漁獲量等不明。

豊後国之内熊本領産物帳の海部郡浦々にて漁仕候、海魚之類

鯛 ⇒ たい
 ちんたい ⇒ ちぬ(クロダイ)か不明?
  ▼ちぬのことかと推測。
 くづなたい ⇒ アマダイの類
  ▼コメント欄sasaさんの情報により確認。
 せたい ⇒ 不明?
 かうこたい ⇒ 不明?
鱸 ⇒ すずき
鯔 ⇒ ぼら
鯉 ⇒ こい
こち ⇒ こち
ゑぶな ⇒ ぼらの幼魚か不明?
 ▼江鮒であれば当時の畿内で云うボラの幼魚となるが不明とする。
鯵[アヂ] ⇒ あじ
鯖[サバ] ⇒ さば
あら ⇒ あら
ほご ⇒ かさご
 ▼カサゴやメバルなどの根魚類は地域内でも混称があるため語彙には要注意の魚種。
鱶[アイナメ] ⇒ あいなめ
 ▼多くはフカと訓ず。サメの仲間やエイなどで乾燥品を含むと考えておくべきと指摘有。
 この場合は仮名をふっているのでアイナメで良いと思う。
 大分県国東方面では「おつむぎ」と称する。
河豚[フグ] ⇒ ふぐ
たなご ⇒ うみたなご
いさき ⇒ いさき
鰯 ⇒ いわし
玉餘魚[カレイ] ⇒ かれい
 ▼江戸期にはカレイとヒラメを同類に見ていた風もあるので、その場合はヒラメも含むと考えられる。
もぶし ⇒ 不明?
 ▼根魚の類、モウオなどと表記される筑前國他との要比較。
 おそらく、国東方面で「ふせり」とされるソイ系かと推測。
 フセリは伏せりからかもと推測。
魳[カマス] ⇒ かます
きす ⇒ きす
鱵魚[サヨリ] ⇒ さより
章魚[タコ] ⇒ たこ
烏賊[イカ] ⇒ いか
ゑび ⇒ えび
おこぜ ⇒ おこぜ
石首魚(グチ) ⇒ ぐち、いしもち
めばる ⇒ めばる
鰤(ブリ) ⇒ ぶり
魚編+宜(ウミアイ) ⇒ アイゴか不明?
 ▼アマゴにて使用された例を見たが不明。
 ウミアイの語は方言かも不明だが他地域との関連からアイゴと推測。
鰆[サハラ] ⇒ さわら
海参[ナマコ] ⇒ なまこ
鮧[エソ] ⇒ えそ
江豚[イルカ] ⇒ いるか
むつご ⇒ 不明?
 ▼クロムツとかの類かと推測。
鱅魚[コノシロ] ⇒ このしろ
文鰩魚[トビウヲ] ⇒ とびうお
あなご ⇒ あなご
こうご ⇒ 不明?
 ▼イカナゴかと推測中。
沙魚[ハゼ] ⇒ はぜの類
やがら魚 ⇒ やがらの類
赤ふう ⇒ 不明?
 ▼キジハタかと推測中だが不明。
田魚 ⇒ 不明?
 ▼肥前では『たうを』はめだかのことというが、海魚の為不明とする。
 またイワシも既に記されているため別魚かもと思う。
青魚子 ⇒ ニシンの子か不明?
 ▼『物類称呼』にて青魚表記はニシン、カドとされ筑紫(福岡)では高麗いわしと呼んだという。
 ただし現代知見のニシンの生息域とはあわないため、九州では類似の別魚であると考える。
海馬 ⇒ たつのおとしご
 ▼漢字が正しければ『物類称呼』参照となる。
 うみうまが訓みだろう。
ほうぼう ⇒ ほうぼう
小鱸[セイゴ] ⇒ すずきの小型

魚名の比定や参考史料他

標準和名の比定に関しては各魚種については、大凡の部分があることを認めており、詳細な種などへの比定を想定できるものがあれば記しておきたいと思います。

例えばカワムツとヌマムツを例にあげれば分かりやすいかと思いますが、これらは現在までに研究が進んだために分類されたものでオイカワなどと共に属や種という魚類学の観点から見ることは筆者には難しいものがあります。
これらについては魚類研究者の指摘をお待ちしております♪

さて、残されている魚名を見てくると分かるのは、その地もしくは当時の人々にとって意味のある(経済的、心情的な価値等)魚ではその語彙が増えるということ。
同一魚種では成長魚として色味、成熟度、味によって名前が付けられ、外観が似ているが別魚種の場合も同様なことがあるのは現在の魚名と比較しても理解しやすい事かと。

豊後国之内熊本領産物帳で云えば鱸、川鱸、小鱸であり、鯛、ちんたい、くづなたい、せたい、かうこたいなどで、イワナやヤマメ類の名が多く残される岐阜や長野を見ると理解しやすいかと思う。

サイズが異なるから成長魚とされたのではなく、価値が異なるから成長魚とされたということかと考えられます。

まだまだ全ての魚名が判明しておりませんので、釣り好きそして好事家の方々に不明な魚名や比定の間違いをご教示いただければ助かります。

参考資料・書籍・WEB

●『豊後国之内熊本領産物帳』、享保二十(1735)年。盛永俊太郎・安田健編(1989):『享保・元文諸国産物帳集成 第13巻 豊後・肥後』、科学書院。影印本。

真名真魚字典

物類称呼に記載されている魚名一覧は以下にあります。

豊後国之内熊本領産物帳の評価

方言よりも当時の和名などとされる魚名の方が多いと感じられた。
これは報告者が他国(肥後国)の可能性や公的文書の性格が強いためと考えられる。

魚種に関しても本領である肥後藩熊本領の産物帳と比較しても格段に少ないのが残念、これはおそらく各手永から上がってきた報告書の方言名と和名及び種が同定できずに確実な魚種のみを選別した可能性がある。

ということで、江戸中期の大分魚名を再構成するにはこの産物帳は参考程度に考える方が良いだろう。豊後の国民としては「無念」ぢゃのぉ。

大分の魚名方言と考えられそうで魚種が不明な魚名(当時の標準的な魚名の可能性も大ですが♪)を再掲しておきますので、心当たりのある方の優しいご連絡を熱望いたしておきますww

にかこう
ほんしい
かたひら魚
くづなたい
せたい
かうこたい
こうご
赤ふう
田魚
青魚子

次は肥後国分ですが熊本藩にとっては本領にあたるせいか、記された魚名も多いのでお待ちいただけると幸いです。

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魚類史料・伝承
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渓流茶房エノハ亭 

コメント

  1. sasa より:

    くづな鯛はあまだいのことではないでしょうか。

  2. 谷澤 憧渓 より:

    情報ありがとうございました!!
    そこでアマダイを少し確認してみますと、徳島県では「グズナ」、愛媛県では「コズナ」、鹿児島県では「アカクツナ」、長崎県では「アカクズナ」や「キンクズナ」などがあるようですね。

    大分では「くずなたい」であったと比定できそうです♪

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