今回は筑前国の魚名語彙・方言を見るため、筑前国産物帳を読んでみることにした。
筑前国とは現在の福岡県北西部にあたり、この産物帳には江戸時代中期における同地域の動植物、魚類や鉱物が記されている。
有難いことに、福岡県立図書館には『筑前国産物帳 上・中・下』・『筑前国産物絵図帳 上中・下』・『筑前国産物並絵図取調等覚書』の六冊が所蔵され、福岡県立図書館デジタルライブラリにて公開されている。
上記ライブラリによれば、この産物帳は福岡藩により元文元年(1736年)10月頃に提出されたが、幕府担当の丹羽正伯により「産物帳」の説明資料として「絵図帳」の製作が命じられる。そして元文3年(1738)年に「産物帳」、「絵図帳」とともに完成本を幕府へ提出した、とされる。
現在、所蔵公開されているのは控え本で、完成本とともに幕府に提出されたものが、後に福岡藩へ返却されたものということ。
完成本? そりゃ幕府が失くしたんですよ、はいww
控え本とはいえ、絵図帳も残っているのは魚名の比定するにも貴重な史料なんでね。豊後とか肥後とか残っておらず無念だったので、全魚種ではないものの助かる部分は多いなと。
ただ、筑前国にはもう少し紹介したい史料もあるため、魚名の比定作業は後日とさせていただきます。
筑前国産物帳 下巻 魚類の項
上記を原本として以下にその読みを記してみた。
崩し字を読むのが難しい方は、科学書院版他関連書籍もあるのでそちらがおすすめ♪
読み違い等は科学書院版と確認済、一部以下と異なる箇所があるため注意を。
== 凡例 ==
※例:魚偏+條。WEB表示に不都合があるものは左記の通りに表記する。
※魚名の【】、▼、『』は、こちらで付した。
※[]内は読み、カタカナは原文に付されたフリガナ。
※読み易いように句読点や段変えはこちらで行った。
※●は読めなかった文字。
筑前国 海魚 魚名一覧
【たい】
▼まだい
中小又大なるあり。『いらさがり』『こだい』なといふは、ちいさき時の名なり。又ちいさきものを『こべいけ』ともいふ。又俗に『こだい』のすこし大なるを『はりきり』といふ。凡三四月の比たい多し。三月に出るを『さくらだい』といひ、四月に出るを麦わらだいといふ。
▼ちだい
ちだいのちいさきを『ちだいご』、『ふくら』ともいふ。最小なるを『もこだい』といふ。
▼半十郎小だい
『伴十郎こだい』、『黄ばな小たい』ともいふ。
▼あ海[ま]だい
『くずな』ともいふ。又『奥津だい』といふ。
▼いとより
▼ひえだい
▼ひさだい
浦により『ししやだい』、『しやだい』ともいふ。
▼ちんだい
『黒だい』ともいふ。
▼黒だい
『わしだい』ともいふ。
▼ほうぞうたい
『小黒だい』、『かいぐり』ともいふ。
▼ひげだい
▼へだだい
『へだい』ともいふ。
▼くちびだい
▼こうごだい
【のむす】
【くろうを】
【ぶり】
▼わかなご
▼しやうじご
▼ひらやず
江戸にていふ『いなだ』、上方の『はまち』なり。
▼長九郎やず
▼あをやず
▼めじろ
▼はらじろ
▼おいを
『本ぶり』ともいふ。
以上、大小にて名異なり、元一種。
▼ねりご
▼赤ばな
『ねりやず』ともいふ。
以上、又一種。
▼ばつちやう
ちいさきものゝ名。
▼そうじ
▼ひらす
以上、又一種。
【ふか】
▼白ふか
『もぶか』ともいふ。
▼青ぶか
▼ひらがしら
『そこぶか』ともいふ。
▼めじろぶか
『子をつまるぶか』ともいふ。
▼かせぶか
『みゝたかぶか』、『たてぎ』ともいふ。
▼一丁ぶか
『一丁絃ぶか』、『ぐみぶか』ともいふ。
▼もだま
▼おふせ
『七日太郎』ともいふ。
▼さゞいわり
『ねこづら』ともいふ。
『くまびき』を『ねこづら』といへども別物なり。
▼めうぶ
▼かいめ
▼すびた
▼のふさば
子を『ちびりこ』ともいふ。
▼たいのふさば
▼ほうじろのふさば
【あぢ】
▼まあぢ
▼まるあぢ
▼ひらあぢ
『ちやうご』ともいふ。子を『冬瓜の核』といふ。
▼あをあぢ
▼むろあぢ
▼めつかう
『まあぢ』の大なる者をいふ。
▼こびらご
『小あぢ』ともいふ。
【あんかう】
まれにあり。
【あんぽう】
くつあんこうともいふ。
【さば】
▼しろさば
ちいさきをいふ。
▼きりさば
漸く大なるをいふ。
▼はまゆき
最大なるをいふ。
【たなご】
【さはら】
▼まざはら
▼さごし
まざはらのちいさきをいふ。
▼おきざはら
【さごし】
【みこうを】
【いはし】
▼まいはし
▼ちうばいはし
大さ中くらいをいふ。
▼かたくち
▼こしながいはし
『かなやま』ともいふ。ほしかになる。
▼たつくり
塩につけずして曝たるを『ごまめ』といふ。『こしなが』のちいさき者。
▼きびなご
▼いかなご
▼うるめ
【はも】
【あなご】
▼黒あなご
▼白あなご
▼すゞあなご
【すゞき】
▼ますゞき
▼おきすゞき
『せすゞき』。『ひらすゞき』ともいふ。
▼はくらご
ちいさきをいふ。
▼せいご
『小すゞき』ともいふ。
『はくらご』のすこし大なるものなり。江戸のふつこ。
▼はねぜい
せいごの大なる者。又『はね』ともいふ。『さわだまり』、『ぶりて』ともいふ。
【このしろ】
▼ひえづなし
最ちいさきをいふ。
▼づなし
ちいさきをいふ。
▼なかす
大なるをいふ。
【ひらの魚】
『ひらごのしろ』ともいふ。
▼『はだら』
ちいさきをいふ。
【いつさき】
▼小どうせん
ちいさきをいふ。
▼ちうもん
中なるをいふ。
【あこ】
▼ぬめり
ちいさきをいふ。
▼茶あこ
【めばる】
▼まめばる
▼すきめばる
▼きんめばる
『あかめばる』ともいふ。
▼あをめばる
▼いそめばる
『あらかふ』ともいふ。
▼がうさ
▼もぶし
▼あぶらめ
『くだまき』ともいふ。ちいさきを『いたちめばる』といふ。
▼もゝし
▼塩たきめばる
【なみの魚】
『なめのうを』とも『なめり』ともいふ。
【あら】
【かれい】
江戸の『ひらめ』なり。
▼まがれい
『くちぼそ』ともいふ。
▼きびがれい
『しゃうもんがれい』ともいふ。
▼がんぞうがれい
▼きしにらみがれい
『おやにらみがれい』ともいふ。
▼ひだりがれい
▼くつぞこがれい
『いしもちがれい』、『みつがれい』、『うしのしたがれい』、『すちがれい』ともいふ。
▼いしがれい
▼こひるがれい
▼おふくちがれい
▼まなばし
『おふくちがれい』の最大なる者。
【たこ】
▼まだこ
▼せきだこ
『大だこ』ともいふ。
▼いひだこ
『かひだこ』ともいふ。
▼いはだこ
▼てながだこ
『くもだこ』ともいふ。
【いか】
▼まいか
▼こぶいか
▼みづいか
『きつきやういか』ともいふ。
▼うすご
『うすいか』ともいふ。
▼てりこ
▼さばいか
『するめいか』ともいふ。
【くらげ】
▼とうくはんくらげ
▼いがくらげ
【あひのうを】
『あひなめ』ともいふ。
▼はんちゃこ
子をいふ。
【さより】
『かうなご』ともいふ。
▼えいらく
子をいふ。
▼きんばり
だいなる者をいふ。江戸の『さんぱ』。
【ぐち】
▼やうさご
子をいふ。
▼にべ
最大なるをいふ。
【かます】
▼まがます
▼さばがます
▼みつがます
『さばがます』のちいさきをいふ。
【あご】
とひうをなり。
▼をあご
▼めあご
▼めしか
最ちいさきをいふ。
【えゐ】
上方の『えぎれ』なり。
▼はなぶと
▼あかえゐ
▼くろえゐ
▼しらえゐ
▼からすえゐ
▼とびえゐ
『あまのえゐ』ともいふ。
▼さえゐ
『さなが』ともいふ。
▼おきのまひ
▼がたくらひ
▼ちうはん
▼こんぺい
▼かもうちわえゐ
【ぼら】
『なよし』、『伊勢ごい』の方言なり。
▼えぶな
最小なるをいふ。
▼いな
すこし大なるをいふ。江戸の『はらぶと』。
▼すばしり
『いな』より大なるをいふ。
【きすご】
▼まきすご
▼めきすご
▼あなきすご
【たち魚】
『ながだち』、『なかされ』、『ながさね』ともいふ。
【いすゞ】
『すゞ魚』ともいふ。
【むつ】
【しび】
近年網をたて少々とる。多くは他国より来る。
【いるか】
▼にうだう
▼ねずみ
【ふく】
▼まぶく
▼めあかぶく
『もふく』、『かうよせ』ともいふ。ちいさきを『ちゝぶく』ともいふ。
▼ひがんぶく
▼はまぶく
『いぶく』とも『いひぶく』ともいふ。
▼そこぶく
▼とうぶく
『とらぶく』ともいふ。
▼かなとうぶく
『かなぶく』ともいふ。
▼かはごぶく
『こうごぶく』、『はこ魚』ともいふ。
▼すゞめぶく
【をこぜ】
▼かはをこぜ
潮水ともにこれあり、潮に多し。
▼しろをこぜ
▼あかもをこぜ
【かながしら】
『うたうたひ』ともいふ。浦により『がしら』といふ。畧語なり。
【こち】
▼まごち
▼しゝごち
【うなぎ】
【はぜ】
【めくらはぜ】
【ぎゞう】
上方の『ぎゞ』なり。
【えそ】
▼まえそ
▼あなえそ
▼しらえそ
【なきり】
【くさび】
【きこり】
▼『たかば』ともいふ。
【もゝせ】
【ふなしとぎ】
『あやかし』、『こばん魚』ともいふ。
【えいのじんざ】
【わし魚】
【こあゆ】
【かなき】
【いしもち】
『めぶとざこ』とも『しまひさご』ともいふ。
【うみご】
『うみごひ』ともいふ。
【なまこ】
『たはらご』ともいふ。
▼青たはらご
▼赤たはらご
▼黒たはらご
▼ふじこ
【ほや】
【えび】
▼まえび
『すえび』ともいふ。
▼くるまえび
▼あしあか
▼しらえび
▼がうしえび
▼赤えび
▼あみえび
▼まつかはえび
ちいさきを『そゝらえび』といふ。
【いせえび】
江戸にていふ『かまくらえび』、『かぶとえび』、長崎の『えびがね』なり。
【しやこ】
【うみうし】
『うみじか』ともいふ。
【龍宮の馬
『たつのおろしご』なり。
【けむし】
【このかす】
以上四種は食品にあらす。
海魚有ふるゝものゝ外、ふか、さめなとの種類、其地にもめつらしき魚は遠き浦嶋にて、網にかゝりまれに出る事あれとも、城下にて魚商の売販くことなきもののみなり。
又くじらは多く海中をとをれとも、當國の漁人は是をとる事なし。平戸領五嶋領の漁人多くとりて、當國にも彼地より来る。
筑前国 河魚 魚名一覧
【こい】
【ふな】
▼しぶな
江戸の『にがぶな』なり。
【さけ】
甚まれなり。
【あゆ】
【はへ】
『白はへ』又『しもはへ』ともいふ。
▼赤はへ
『やけばへ』、『山ばへ』、『山そうばへ』ともいふ。上方の『おいかわ』なり。
▼あぶらばへ
『あぶらめ』ともいふ。『赤ばへ』のいまた長ぜざるものなり。
▼あさぜばへ
『あさんちう』又『あさりばへ』ともいふ。
▼いしばへ
▼田ばへ
【かまつか】
又『だんぎほうず』ともいふ。京の『たんぎぼう』にはあらす。賀茂川の『かはきすご』、一名『かなくじり』なり。
【ごり】
▼はちきつちゃう
大なりをいふ。
▼とぢ
たまごをいふ。岩間につく。
【にごひ】
又『みごひ』ともいふ。
【どぢやう】
▼すなむぐり
『かたひらどぢやう』、『しまどぢやう』ともいふ。上方の『鷹の羽どぢやう』、『ほとけどぢやう』同物。
【どんぽう】
『どんかう』ともいふ。京の『いしもち』、伏見の『川をこぜ』、洛西嵯峨の『ねまる』、東近江の『ちんご』、西近江の『どうまん』越前の『かくぶつ』、越後の『ぐづ』、皆同物なるへし。
【ぎぎう】
『あんだかき』ともいふ。
【はちふり】
【さなぼり】
【しろうを】
勢州桑名の白魚にあらず。甚細なるものなり。
【みづくり】
『川めばる』、『おやにらみ』、『ぎしにらみ』とも いふ。
【さんせううを】
【ます】
【えのは】
以上二種、甚まれなり。
【川すゞき】
▼川せいご
ちいさきをいふ。
▼わくら
一尺ばかりなるをいふ。
【川うなぎ】
【めだか】
『しびな』ともいふ。
【金魚】
人家にやしなふ。又銀魚あり。
【なまづ】
【はぜ】
▼白はぜ
▼めくらはぜ
【川えび】
感想及び参考文献
点々と成長魚が見られ、特にブリの魚名が多く現代とどう繋がるのかが面白そうだ。
同時に成長魚は、価格や取引に反映されるために必要であったとも理解できる。
そして現在の標準和名で言うところの「カサゴ」には注目したい。
現在同地域では「アラカブ」という言葉が定着しているが、県図書の絵図面には「がうさ(がうざ=絵図面)」が「カサゴ」に比定されている事、また「いそめばる」の別名に「あらかぶ」とあることが上げられる。
壱岐島などでは「カサゴ」は「モブシ」と呼んだとも聞いているし、「いそめばる=あらかぶ」が「がうさ」や「もぶし」を上書きしていったのかという点は興味深く思う。
また、肥後国や豊後国の語彙と比較すると、比定の参考になりそうな語彙や魚種と魚名が交錯しているのが見えてくる、今後は肥前や筑後方面の調査が進めていきたい。
【参考文献】
盛永俊太郎・安田健編(1989年):「筑前国産物帳」、元文元年(1736年)、影印本。『享保・元文諸国産物帳集成・第12巻[筑前]』、科学書院。
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