深山幽谷に潜むイワナと降海型であるアメマス。
放流もすすんだ昨今こそ釣りやすくなったが、古くは山住みの人々の貴重な食糧でもあった。
民俗学的興味を主として、イワナの魚名方言を古典、史料、雑誌、ネットなどから集めていく。
イワナとアメマス魚名方言の地域・県別呼称
イワナに関しては釣り人目線だと一般的と思いがちであるが、全国的な自然分布ではなく食用としても局所的であったと考えられるように、近畿以西の魚名方言分布は極めて薄い。
それでも東北地方の山間部の民俗を追う際、交流や文化圏の大きな手掛かりになることは考えられそうだ。
またアメマスも本州の山形県(新潟県とも)以北及び利根川以北が自然分布とされており、イワナより一般的な認知度も高くないためにほぼ「アメマス(もしくはエゾイワナ)」のみになっていた。
ただし今後は釣り人の使っている「海アメ」という呼称がどうなるのか注視していきたい。
海産魚類の魚名方言では全国を大きく4つに分けてみたが、淡水魚類の魚名方言は北海道、東北、関東、中部・甲信越、関西、中国・四国、九州の地域に分けて以下に記す。
【凡例】
※()内には標準和名や出典の注記等を記す。
※魚名方言直後の数字や記号は出典。
全国的呼称
イワナ 標準和名。
アメマス 標準和名。
北海道・東北地方
イワナ 北日本。甲
イワナ 東北方面。甲
アメマス(海産のものをいう) 東北、北海道。甲
※北海道西別川産は海産ならざるもアメマスと呼べり(渋沢)。
アメマス 北日本。乙
アメマス 南樺太。甲
オシヨロコマ 千島。甲
オシヨロコマ 樺太。乙
ヤマベ 南樺太。甲6
ヤイチツプ アイヌ語、然別沼。甲
イワナ 北海道。乙
アメマス 北海道。乙
イワナ、エゾイワナ (アメマスのこと) 青森県。W1
アメマス、シロコ、アガコ (アメマスのこと) 津軽、南部。W1
イハナ 津軽。甲
イワナ 青森県。W1
イワナ、ユワナ 津軽、南部。W1
アガコ(腹の赤いもの)、ンロコ(腹の白いもの) 南部。W1
イワバエエ 仙台。乙
雨鱒 山形県荒川。①
赤腹岩名、淡紅腹、白腹岩名(滝上種) 羽前羽後。①
海登(大岩名)、川岩名(滝下種) 羽前羽後。①
※著者の松森胤保は最上郡四谷村猟夫某の語ったこととし、岩名を滝上ノ種、滝下ノ種の2種に分類している。
「大物ヲ滝太郎云、五尺計ノ物大鳥川ヨリ流レ来ル有」、そして大鳥池に棲む物は滝上ノ種と記す。
アメマス 山形県庄内地方。W5
関東地方
イハナ 日光大谷川。甲
ユワナ 鬼怒川、思川水系。W2
イワナ 東京。甲
中部地方
ツンツン (幼魚) 越後赤倉。甲
イワナ 富山県魚津。甲
イワナ 信州松本平。甲
イワナ 長野県木曽福島。乙
アメマス 長野県。乙
イハナ 美濃。甲
イモホリ 美濃。甲
ササウヲ 飛騨。甲6
ソウタケ、ヤマカツ、イモナ 岐阜県。W3
石魚、岩魚、イハナ 岐阜県飛騨地方。W6
澤魚 (サワナ・石魚の別名) 岐阜県飛騨地方川上川。W6
イモホリ、エンドザイメ、ソウタケ 岐阜県。W6
近畿地方
イモウオ 滋賀県。甲
イモナ 滋賀県。甲
イモナ 滋賀県神崎郡山上村。乙
キリクチ 奈良県。甲
キリクチ 紀ノ川上流。甲
キリクチ 吉野川。甲
キリクチ 和歌山県。甲
タンブリ 但馬村岡。甲
中国・四国地方
コギ 中国地方。甲
ゴギ 中国地方。甲
コギ 鳥取県米子の山間部。乙
ゴキ 松江の山間部。乙
タンブリ 鳥取の山間部。乙
オモ 鳥取県中部から日野川の一部。☆
ダンブリ 岡山県津山市。甲
コギ 斐伊川。W4
コギ 広島県江の川。甲
ゴキ 広島県江の川。甲
ゴギ 広島県江の川。甲
コギ、コーギ 広島県備北。W7
イワナ 広島県大朝。W7
アメゴ (イワナ) 土佐地方。甲
ヤマベ (イワナ) 土佐郡地方。甲
クロマス 四国。☆
九州地方
鮇[イワナ] 熊本県。②-a
地域や範囲の不明な方言名
エゾイワナ 甲#1
海アメ 釣り人。☆
古典、史料に見られるマスの名称
岩魚
嘉魚
魚+岩
魚+未
出典及び参考書籍、WEB頁
☆ 筆者収集によるもの (フィールドワ-クやメール等も含み、許可があればHN等を記載)
甲 日本魚名集覧 第1部 渋沢敬三 1942年 アチックミューゼアム
乙 日本魚名集覧 第2部 渋沢敬三 1944年 ㈱生活社
① 両羽博物図譜 松森胤保 明治 18魚類図譜 川魚部
② 諸国産物帳(享保・元文諸国産物帳) 丹羽正伯編 1735年から1738年頃か
a=肥後国之内熊本領産物帳
W1 青森県における魚類等の方言名について 2016年 塩谷 亨 室蘭工業大学
W2 産物書上帳記載の魚名を基にした近世農民の魚種識別知識の検討 2016年 守山拓弥・守山弘
W3 岐阜県のさかな(岐阜県水産試験)
W4 島根県内の淡水魚・汽水魚の地方名(河川・湖沼別)
W5 山形県魚の地方名辞典 庄内版
W6 明治初期・飛騨地方における生産魚類の分布論的研究
国立民族学博物館研究報告 1979 4巻2号
W7 広島県内水面漁業協同組合連合会
魚名方言の注意と関連語彙募集
※魚名方言で生物学的分類及び標準和名から分けていくと、混称や混同という表現がされている場合がある。しかし、地域(もしくは以前)では分類が不可能もしくは未熟であった訳ではなく、その必要性が無かっただけであると考えるので、ここではそういった魚名方言については総称と表現することにしたい。
※混称という表現は、他地方や標準和名・種において別の魚と認識されているものが、当該地域にて使用されている魚名に使用する。
※参考としている資料及びリンクは、魚名方言のための研究資料一覧に掲載しております。
イワナの魚名方言・由来譚を随時募集しております。
貴兄のお住まいの地域でのイワナの魚名方言とその由来譚及び現在の呼び名を随時募集しております。情報入手次第追記してまいります。
古老が呼んでいた古称から、若い人は今何と呼ぶのか、それはどの範囲に広がっているのか、そしてできれば由来にかかる方言や伝承があるのか等々の民俗伝承が筆者の知りたいことです。
お問い合わせ、twitter、コメント、メール等で谷澤憧渓までお知らせくださると助かります。
地図化の際に役立ちますので、ご連絡いただいた箇所情報が詳しいと物凄く喜びます♪
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