九州の渓流でエノハ(ヤマメとアマゴ)を探して彷徨います。地元情報の発信も♪

渓流茶房エノハ亭 

榎葉魚学詳説

民話から見るエノハの由来譚と特徴

投稿日:2016年5月2日 更新日:

榎葉魚にまつわるお話をしよう!
ここら辺(大分県、宮崎県北部、熊本県の一部)じゃあ、昔からエノハち呼ばれよった魚がおっちょん。
今じゃぁ、全国的にヤマメだのアマゴだの呼ばれちょるごたんし、横文字じから格好よくトラウトなんちゅう者もおるっち聞く。
でん、わしゃ、人間がふりぃ(古い)からかんしれんし、こだわり過ぎちょんのかんしれんけど、今でん、エノハっちゅうで!

じゃあ、なしエノハっちゆうんかえ?
そこんとこ、ちっと話ちみるかのぉ!

榎葉魚学タイトル画像

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エノハに纏わる大分の民話

むかし、むかぁしのこっちこ。
うちの村から南のほうへ、山また山を越えた山の奥に小さな部落が一つあったち。そこはのぉ、山あいにあるけん、土地も狭もうて痩せちょんけん米なぁつくれゃあせん。ソバ、アワ、ヒエ、キビくれぇしかできんじゃったそうな。ある年の夏んこつ。日照り続きじから穀物ん実りもあんましねかった。山に雪がちらつくようになっちしもうち、こん部落んし(衆)はこの冬が越せるんか、そりゃぁ心配じゃった。
そげなある日、峠を越そうとした旅の僧が行き暮れち、そん部落で一夜の宿を求めたんち。部落の人は、「たいしたこつもできんが…」といいつつ、精一杯その僧をもてなしたんち。

次ん日の朝、出掛けに旅の僧がな、
『渕に飛沫(しぶき)が飛ぶ頃になったら、これを浮かべてごらん』、そげぇえ云うち、袖から榎(エノキ)の葉を数枚渡したんじゃ。
春になっちから部落んしがそん葉を大きな淵に流すとのぉ、みるみる美しい魚になり、キラキラと光りながら流れの中を泳ぎ始めたんと。そりからじゃ、そん部落ん大切な食べ物としち魚は重宝されたっち。
「榎の葉の魚」ということから、“榎葉魚(エノハ)”と呼ばれるようになったんじゃ。

由来譚の解説⇒水の由来譚が変形したもの

こうした民話が、「エノハ」の名称を使う地域で幾つかみられることは、民俗を研究していた時期に知った。この旅の僧は多くが弘法大師と伝えられているが、伝教大師のタイプもあるとも聞く。
この話型は「水の由来譚」などで広く知られる弘法大師(空海)をモチーフとしたタイプの変形といえる。

ご存知の方も多いだろうし話もかぶるため詳細は省くが、この水を巡る話では、旅の僧を馬鹿にしたり粗末に扱うと水に苦しむ地域となるし、丁寧に応対すると水が豊かな地域になるその由来が語られる。
日々の暮らしに直結する水という重要な鍵を巡る話型として語られてきた。この話を大分県内で見ることはたやすく、ポイントはやはり不思議な力を持つこの僧侶でなのである。

其処には水にまつわる何らかの歴史や地域の由来を弘法大師なりによって説かねばならなかった当時の状況が考えられる。エノハの由来としてこの話を説く地域では、この魚が水と同様に大切なものであり、生活に根差していたことを示す証拠といえる。
山奥で新鮮な海魚の手に入りにくい当時は、美味で貴重な蛋白源である美しく不思議な姿態を持つこの魚についての説明を必要としたはず。そこに弘法大師様という一種の超常現象の具現者を媒介することにより、魚には聖性が付与されると同時に、日々の暮らしに重要なものとのを認識をさせることとなる。

榎の葉っぱ

もう一つの主人公とも云えるのはここではエノハではなく、榎の葉っぱ自体である。榎(エノキ)は大分県内をはじめ九州各地でも良く見られるニレ科エノキ属 (落葉高木)の木。ひと抱えを越える木も珍しくない大きさとなり、其の実を食べたことがあるがあまり美味しいという記憶は無い。
この榎自体にも、餌の木(小鳥が好む)、枝の木(枝が多い)などを由来とするなどという解釈はあるが定説は無いという。一里塚にもよく見られたからか、さえのかみ(道祖神)の木から「さえのき」の説から、夏に大樹が木陰を作るので夏の木の意味の和字であるとも言われている。

問題はその葉である。長さは大きくて3寸と少しで、上部には柔らかな鋸歯があるのが特徴。個人的な印象で言えば直接エノハの形とは繋がらないものの、木々に生茂るその葉はエノハが水の中を泳ぐ様ではある。
この話では地域に認識度の高い榎(エノキ)の葉が用いられることで、不思議さに実定性が与えられたと考えておく。もしくは「さえのかみ(道祖神)の木」の葉ということで、古くは呪物として認識されていたのかもしれないが詳細は分からない。

もう一つのエノハの話型

エノキの葉に目を向けるともう一つの話型を提示しなければならない。パーマークと呼ぶエノハの体側にある黒い斑紋の理由として語られているものだ。

「僧侶が榎の葉を流すとあら不思議なこと、魚の横に模様になってしまった」というパターンで、これで榎葉魚と呼ばれるようになったというもの。

話型こそ異なるが、これは「猿のお尻は何故赤い?」などと同じく、動植物の特徴を説明するタイプであえい、地域に身近な動植物の由来を語るパターンであり、パーマークが何故付いてるかが説明される。
エノキの葉の認知度と形はそれらしく実定性が与えられており、ここからはエノハが猿などと同じく地域や村落社会の中で高い認識を得ていたことが理解され得るだろう。

前出の民話とは大きく異なる点が存在することにお気づきのことだろう。
前者はエノハ自体の成り立ちを説明しているのに対して、後者は魚の存在が先にありきという点である。それ以前に別の呼び名をしていたのかもしれないといった推測も成立する。

ただし話型の時間的前後は分からず、今後の進展を期待したい。現時点で、そこに放流やもともと生息していたなどと言った釣り人的な視点からは、背景を読み解かない。

エノハ由来譚のまとめ

再発見で注目を浴びたクニマスですが、別名をキノシリマスともいう。「たつこ姫伝説」として「釣りキチ三平」でも紹介された話で、松明にした木の尻(薪)を投げ捨てるとそれが魚となり、後に木の尻鱒と呼ばれるようになったというもの。
エノハと同じくその話を語り継いだ地域にとって、重要な意味と生活への近さを物語る生き物であったことが窺えます。姫とお坊様では「弱冠色気が足りないか・・」とか思ったりしてるのは内緒。

ちなみに本文中で民話と呼んでますが本当は村名・場所・川が固定されてるために、まぁ柳田國男の論に従えば伝説の類です。最近は都市伝説などという言葉が流行った所為もありますが、伝説=真実味のある噂話として捉えているように思えます。
民俗学的にざっと言えば、伝説とは「物のいわれを説明している話」と覚えておいていただけると助かります。この稿では、わかりやすく昔話の形になぞらえて作ったので、民話としておきます。

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