九州の渓流でエノハ(ヤマメとアマゴ)を探して彷徨います。地元情報の発信も♪

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榎葉魚学詳説

カガシラとエノハ テンカラ・フライ以前の毛ばり釣り

投稿日:2016年5月2日 更新日:

テンカラ・フライ以前の毛ばり釣り
渓流釣りの中でエノハを狙う方法としてエサ、ルアーと並び人気があるのがテンカラ・フライである。しかし、かつてハエを中心にエノハをも対象としたカガシラ釣りがあった。

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毛ばり=カガシラ(蚊頭)

民俗学の中で民具系は苦手なんですが、仕方なく釣法や漁法を調べていると、エサ釣りはもちろんのことだが九州における毛ばり釣り自体がかつては豊かであったことに驚かされた。町史の類にも数多く記されている。
最近ではのべ竿による毛ばり釣りはテンカラという言葉に置き換わってしまったが、以前はカガシラ(稀にカバリ=蚊針)と呼ばれ、西日本を中心に広く使われていたようだ。
主にハヤ類を狙うものだが、時期と場所によってはエノハ(ヤマメ・アマゴ)をも釣っていたとされる。
そういえば、子どもの頃ハエ(オイカワ類)を釣るのはもっぱら毛ばりで、餌はほとんどしていなかったことを思い出させてくれた。案の定、釣り好きで漁・猟好きな久住の親戚も知っていたが、小さいときの事らしくあまり要領を得なかった。
このカガシラという言葉の響きに惹かれるまま、少し調べてみた。

テンカラとフライ

現在では和式毛ばり釣りの代表的な言葉となってしまったこの「テンカラ」だが、諸説入り乱れた状態ではっきりとしたことは分からない。ただこの言葉が、これほどまでに広がったのは、マスコミ・釣具業界の尽力のおかげではあり、カガシラ駆逐の元凶ともいえる(笑)。
釣り方としては、3.3m前後の竿により糸を結びその先に毛ばりを付けて振り込む。かつては馬素糸などのより糸が多かったが、最近ではレベルラインを使用しての釣りが人気。また、仕掛けも人それぞれで、バリエーション豊富。それこそテンカラー(十人十色)。
フライは西洋式毛ばり釣りなどと云われているが、見たり竿を振ったりしたことがある程度で、特に説明できる知識はありません。ただフライとは蝿のことかと考えればカガシラ(蚊頭)と同じ名づけ方と思えます。

カガシラ

本題のカガシラであるが、蚊頭などと表記されているようだ。仕掛けに6本ほどカガシラをつけ、主にハヤを釣っていた様。確か子どもの頃は雑貨屋兼駄菓子屋でも売っていたと思う。黄色い飛ばし浮きが目立つ仕掛けでした。

大分県内では、九重、緒方、三重、中津江などの町史・村史系にその表記が見られ、中でも榎葉魚に関する記述のあった下記に興味を持たされた。漁法と合わせて紹介しておく。

===緒方町誌===
エノハを釣る漁法で、釣り針に鳥の毛をつけて水際を走らせるとエノハが飛びついて食いつく。エサは必要としない。

===九重町誌===
漁法として、
カガシラ(ヒキ)で3~10月にシラハエ(ハヤ)を釣る方法。春は菜種色の黄色がかった羽根を用い、秋口は黒い羽根の毛ばりを用いた。…エノハ用にはハチガシラ(蜂頭)という大型で黒い羽根のカガシラを装備。谷川の泡立つ淵から瀬尻にかけて動かすと下の淵に落ちる寸前にエノハが食いつき、自分の淵に引きずり込もうとする

===三重町史===
ハエ、アブラメと共にエノハを釣った。エサは青虫、ミミズ、セムシ(トンボの幼虫)、味噌団子、カガシラ(毛鉤)で。春先にはハリをつけたイノハ虫を水面に浮かせて釣った。

===中津江村誌===
エノハ漁
○山椒の川流し(毒流し漁のこと)
○岩打ち=淵の中の岩を大きな玄能(金づち)で叩き、岩の下に潜んでいるエノハやアブラメの魚などを脳震盪にさせて、浮いてきたものを獲る漁法。漁期は1年中だが冬場が最適。
○釣り=エサはミミズ、アオヒキ(青蛙)、セムシ(瀬虫)を使用。
疑似餌は「ハチガシラ」を使用。鶏の首の羽毛を絹糸でまいて自作。春から秋が漁期だが冬場も釣れた。

どれもしっかりとエノハの喰い方を捉えており、エサも様々で雑食であることが認識されていたことが理解される。味噌団子は使って無かったので、一度挑戦してみたい。温故知新というか、何かのヒントがみつかるかもしれません。

大分県南の山間部では行商者によって釣具や漁具が販売され、需要の多さと毛ばりでの釣りが山間部で幅広く行われていた。ただ時間的なことは分からないが、この行商が無くなっていったこととカガシラ(釣り)が薄れていったのは無関係ではないだろう。フィールドワークにて「行商の人が来なくなって手に入らなくなった‥」ともある。

「カガシラ」という言葉は、岡山、徳島、岐阜などでも使われており、テンカラ以前に西日本を広く覆っていた言葉だと考えられ、ハヤを釣るための毛ばり釣りの表現として定着していたようだ。
今でも時折使われるが、大分で聞くのも稀になっている。それでも、お年寄りに毛ばりを見せたときに、カガシラという言葉が返ってくるのにどことなく安心感を覚える。

中津江村、九重町などで見られるエノハ専用の毛ばり「ハチガシラ」は要チェック。

 カガシラ釣り 終わりに

消えてしまいつつあるカガシラ。耳に入る機会は減り、かつての文化が一つ消えていく…。この思いにかられると一つ記したくなる。カガシラ釣りからは少し離れるけれど。

民話の里などとして知られる岩手県の遠野地方。これは柳田國男が記した「遠野物語」がその端緒であることは言うまでもない。ただこの遠野が特別な地域であったのか?いやいや全国津々浦々の村には多くの民意や民話が残っていたことは言うまでもないこと。一方国指定有形文化財である国東半島の「岩戸寺国東塔」(ご存知の方は少ないかもしれない♪)。この石塔の美しさは見るものの目を留めることになんの疑いもない。
しかし国東塔は国東半島の何処にでもあった地域文化の一つであり、岩戸寺の国東塔はその中の特殊なものである。其の流れの中指定を受けた石塔は大切に残され、他は有象無象の中に消えていこうとしている。

モチロン氏の偉大な業績や遠野の里にケチをつける気も岩戸寺国東塔を馬鹿にする気はさらさら無い。
ただただ地域文化のが薄れることの寂しさを思うばかりである。常民という概念は其処にこそあると思うからなのだ。
特殊なものと認められたもののみが文化継承の総てかのように残されていく現実。考古学の人間はブルドーザーの前に立ったというが、私こと民俗学徒は何の前に立ちはだかればよかったのだろうか? 時の流れの前には無常に映るのみである。

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