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渓流茶房エノハ亭 

02-05 渓流釣行記録

郡上八幡探訪記Ⅰ 長良川鉄道で吉田川を目指す

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長良川アマゴとサツキマスの聖地へ
~2005年第10話~

愛知県は春日井市においらの親戚が居り、その従兄弟が結婚することになった。いつも良くしてくれる叔父さんから「是非とも来てくれ」との話をいただき、その際に愛地球博でも見たらどうかと有り難いお誘いを頂いた。

最初は愛地球博を見るつもりだったが、「ちと待てよ…」、と考え直した。「おいちゃん、俺、郡上八幡に行って来るわ!」と、6月5日の結婚式の前日に郡上八幡へ行くことに決めた。

050604-郡上八幡駅

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郡上八幡という響き

郡上八幡という言葉から、おいらは恩田俊雄や吉田の万サらの釣り人、鮎・雨子の職漁師や独特の道具、そして川とともにある人々の文化というイメージを持っていた。もちろんのことだが、そのイメージにはある種の憧れすら含まれていた。

おいらにルアー釣りを教えてくれたT君(現在愛媛県在住)は、一時期愛知県に住んでいたことがあり、かつて凄腕の職漁師だった方に一時期弟子入りしてアマゴ釣りを学び、師匠から使い込んだ郡上ビクを頂いたとの話を聞いていた。

そして、てっちゃんからも今年になって読んだ郡上八幡にかかわる本(名人達の釣り道具)の凄さを聞かされた。

こんな機会は中々あるものではない。郡上の町並みや雰囲気だけでもいいから見たいというおいらの想い。それを叶える為に大分を出発した。

6月3日の夜8時、大分のトキハ前を出発する夜行の高速バスで名古屋を目指す。往復2万円という安さは、おいらのような貧乏人にはとっても魅力♪ 4日の朝7時半頃に名古屋のバスターミナルに到着。

約12時間の行程に、バスを降りてから背伸びを数回♪ さてここから汽車いや電車だなwを乗り継いで郡上八幡へと向かう。

長良川鉄道に乗る

やはり都会は良く分からん…。ここはどこや? 郡上は何処や? こげんやけん田舎もんは困るなどと、バスターミナルを訳も分からず適当に下っていったら、うまいことに名古屋駅へと出た。

多治見駅

中央線の快速に乗り多治見駅へと向かった。岐阜回りでも良かったけれど、太多線経由の方が値段が安いからの選択でした。太多線に乗り換え美濃太田で長良川鉄道と鈍行のオンパレードは、おいらの好きなパターン。せっかく動くのなら各停で、町や乗り込んでくる人を観察する方が面白いからなのねん。

長良川鉄道=美濃太田駅から長良川鉄道に乗り換え♪=

四国の学生時代に乗り慣れた1両編成? の汽車に乗れば、郡上八幡までは約1時間20分ほどの気楽な旅。1日フリー切符1500円で往復することに。

途中には刃物で有名な関市があり、梅山駅を過ぎたあたりからこれまでのゆったりとした風景が少し狭まり、長良川が見え始めた。鉄橋から下を流れる川は美しく、九州でいえば五ヶ瀬と同じくらいだろうか。すぐに比較して負けたくないのは地元愛ってことで(笑)。

清流長良川の流れ=車窓からの長良川の流れ=

近づくにつれ、次第においらの気分が昂まってくる。こんなところに住んでいたら間違いなく本流の釣りを志すんだろうなとか、この淵にサツキが棲んでいるんだろうかとか、心はあちこちへと飛び回る。

郡上八幡駅

いやぁ、着きましたよ郡上八幡駅♪

時間の経過を感じさせる木造の駅舎はおいらの好み。大分からバスに乗り鈍行を乗り継いで約15時間の旅でした。郡上おどりの提灯が出迎えてくれました♪

なにがおいらを待っているのか、楽しみ楽しみ。

とにかく、郡上を歩いてみよう♪

駅舎内にある観光マップを片手に歩き始めた。郡上での新鮮な驚きと、着いた嬉しさにてっちゃんやチンの字に電話をかける。

「よい、郡上じゃぁ川虫売りよるで」とか、
「こけぇおっちから(ここに住んでいたなら)本流釣りするでなぁ」だの嬉しさ満点の会話。てっちゃんからは、釣聖といわれた恩田俊雄さんのお店「芳花園」の情報を得たので、吉田川の右岸を散策しながら上流へと向かった。

吉田川の瀬=吉田川にかかる郡上大橋を越える=

鼻歌交じりに道路を歩いてはいたが、自分自身がこの時郡上八幡に居ることは何だか信じられない気分。

例えばモンゴルやカナダにも行ってみたいとも思っている。ただ、それは釣りに行きたいということや大物釣りをしてみたいってことに尽きる。しかし、郡上八幡に来てみたかったのは、人々がアマゴをはじめとする川魚とどのようにかかわってきたのかを感じたかったためなんだ…。

水飲み場の横にある家でふと足が止まった。

軒下にかかる道具

普通に鮎タイツや餌箱、郡上ビクが軒先に干されていた。これを見ても「ここの家の人は川釣りをするんだ」という感覚にはならなかった。極めてありふれたいつもの風景、という感じだ。山・川と水そして人とのよい関係が伺われた。

ビクの色はいいつやがでている。使い込まれた道具は、その人の技量を物語るのかもしれない。郡上竿は見当たらなかったけれど…(残念・笑) 釣り人の姿を吉田川で見ることはできなかったけれど、この土地は何かが違うとヒシヒシ伝わってくる。

さて、中川原公園から小駄良川にかかる清水橋を越えて宗祇水に立ち寄る。この日は遠足の中学生で一杯だった。

郡上八幡の町中
郡上おどりのおかげか、おいらが思っていたより観光客は多い。郡上八幡博覧館、安養寺宝物殿、郡上八幡民芸美術館他多くの見所もあって賑わっていたが、この日のおいらの用事は、水と川魚からこの町をみるってことだし、日帰りなので時間も限られているため、残念ながら割愛。

でも、本当は1泊以上しながら、ゆっくり散策を楽しむにもいいところだ。

そぞろ歩けば折口の歌碑が眼前に

吉田川を右手に見ながら歩いて行くと、町並みの間から見え隠れしていた郡上八幡城の入り口へと辿り着いた。

この初代城主は遠藤盛数という人物だが、その娘は初代土佐藩主山内一豊の妻「千代」。馬揃えを目前に困っていた一豊に黄金十両を差し出して駿馬を買わせ、織田信長に誉められたという、内助の功の話は有名。郡上と高知の意外な関係には、ちとビックリ。

もうひとつ記しておきたいのは、折口信夫(釈超空)の歌碑と出合い。一応民俗学徒のおいらとしては、最大級の敬意をはらいたい人物。

折口信夫歌碑

折口信夫(おりぐちしのぶ・1887~1953)は、民俗学者・国文学者・神道学者、歌人。釈超空(しゃくちょうくう)の方が通りがよい人もいるだろう。

大正八年に折口が郡上八幡を訪れたときの一首、

 「焼け原の
   町のもなかを 行く水の
    せせらぎ澄みて 秋近つけリ」
    
来訪した際、ちょうど火事で町が焼失していたらしい。町の~水のくだりが郡上の景色をくっきりと浮かび上がらせている。歌碑の前にじっと立ちつくして、幾度となく繰り返してみる。すると有名な、

 「葛の花 
   踏みしだかれて 色あたらし
    この山道を 行きし人あり」
    
の歌が心によぎる。

おいらが註をつけるのもどうかと思うので詳しくは書かないが、吉田川の川の流れと葛の花の色あたらしが同調してしまい、歌碑の前で佇んでいた自分に気づいた…。

郡上の釣り文化に触れるため

数秒それとも数分だったろうか、ふと我に返った。いや釣り人にもどった?

釣聖と云われる恩田俊雄さんのお店「芳花園」を目指してみよう。※そのⅡに続く

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